2012年02月23日

慶大が一部見直し:放射能への不安は文系・低所得層ほど拡大

慶應大学は『東日本大震災に関する特別調査』として「放射能への不安は文系・低所得層ほど拡大」と発表した。それに対して、調査・分析に信憑性と妥当性がないこの発表は不適切であるとして、2月20日、ブログ【慶應大学に訂正を求める『東日本大震災に関する特別調査』】により公開の場で問題点を具体的に指摘した上で、【慶大へのメール】に記載のメールにて慶大に訂正を求めた。その後22日に慶應大学から「指摘を重く受け止めて、トピック2に対する補足説明を同日付でHPに掲載した」と返信があった。

私が強く主張した点に理解を示し、補足説明に「重視しなければならないのは、震災直後から多くの人が高い恐怖・不安得点を付けており、さらに6月調査時点にかけてすべての属性で恐怖心や不安が増している」 が明記された。

補足説明(オリジナル:全文)
 http://www.gcoe-econbus.keio.ac.jp/doc/PressRerease0222rr.pdf
補足説明(キャッシュ:解釈・含意の該当部分にアンダーライン付加)
補足説明抜粋

補足説明には統計的な有意性についての記述があるが、その信憑性には疑問が残る。しかも、指摘した数多くの内容について補足説明では一切触れられていない。特に次の3点である。(詳細は該当ブログ参照

(1)文系と理系の比較に関して【文系も理系も高いのに、わずかな差をことさら大きく捉えて「文系ほど不安・恐怖が拡大」とし、その理由を「科学的知識が少ない文系」だからとするのは偏見と先入観により誇張され歪曲された分析である】と指摘した件。
(2)所得層別の調査に関して【対策を考える人は所得に関係なく『原発事故と放射能汚染の不安』が高い。高所得層は対策を取りやすいので『当面の不安』が減る。『当面の不安』が反映されるこの調査は『原発事故と放射能汚染への不安』の調査としては信憑性がない】との指摘。
(3)所得層別の分析に関して【上記に関連して高所得層の『原発事故と放射能汚染への不安』は調査データよりも高いと期待できるため、この調査で高所得層の方が不安を感じる人が若干少なくても『原発事故と放射能汚染への不安』が低所得層ほど高いとは言えない】との指摘。

しかしながら、慶應の対応は迅速かつ真摯な対応であり、さらに慎重に検討していくとのことなので今後の精査された調査分析を期待したい。

------------------------------------------------------
・「東日本大震災に関する特別調査」
 (2012/02/22追記 プレスリリース中のトピック2に対する補足説明を掲載)
 http://www.keio.ac.jp/ja/press_release/2011/kr7a430000094z75.html

関連ブログ
慶應大学に訂正を求める『東日本大震災に関する特別調査』
慶大へのメール
--------------------------------------------------

公開の場での議論であることを慶大に明示しているので、返信についても下記に慶大からのメール全文を掲載して公開する。

Subject: 『東日本大震災に関する特別調査』に関するプレスリリースについて
From: パネル調査共同研究拠点
CC: pd-info@adst.keio.ac.jp
Date: Wed, 22 Feb 2012 17:52:46

神田外語大学
中山幹夫先生

このたびは『東日本大震災に関する特別調査』に関するプレスリリースについて、パネルデータ設計・解析センターへご連絡いただき、ありがとうございました。

本調査は、東日本大震災後の国民の福祉向上のために、社会科学に携わる研究者として、今やらなければならない責務は、大震災で人々の心理や価値観、行動がどう変わったかを明らかにし、それに応じて国民の不安や生活上の不利益を和らげるための施策をいかにして構築していくかを検討することにあると考え、実施したものです。こうした問題意識を持ちながら、現在、本調査を用いた研究を私ども研究者が大学の垣根を越え、被災地の先生方の協力も得て、共同して多角的に進めているところです。一方で、震災から1年が経とうとしている状況に鑑み、調査結果の概要と研究の途中結果のエッセンスをできるだけ早期に公表することも必要であると判断し、プレスリリースの形で調査結果の概要を中心に公表させていただいた次第です。

しかしながら、プレスリリースの内容が、私どもの意図する方向とは別の形で影響を及ぼしてしまう可能性、あるいは、統計的有意性など、調査結果への解説が十分でないために、結果の信憑性に疑問がもたれてしまう危険性もあるという、先生のご指摘を私どもは重く受け止めております。

こうしたことから、本日、プレスリリース資料トピック2に対する補足説明をHPに掲載させていただきました。( http://www.gcoe-econbus.keio.ac.jp/2012/02/1-1.html

ご指摘いただいたトピック2につきましては、調査結果の数字をお示しするとともに、その結果に対する解釈可能な考え方の1つを付け加えたものです。恐怖心・不安得点は6月調査時点で総じて高く、その中で属性間の違いをみると文系や第1分位の所得階層で相対的に高くなっており、その違いは統計的に有意です。この点は調査結果から得られる数字を統計学的に説明したものであり、客観的事実であり、調査実施主体として公表すべき内容と理解しています。また、調査結果の解釈・含意は、あくまで現時点における1つの可能性を提示したつもりでおります。補足説明では、こうした点を敷衍させていただくとともに、私どもの意図が少しでも伝わるよう記述させていただきました。

調査結果の解釈はさまざまなものが成り立ち、それらを仮説化し、検証していくことも私ども研究者の使命と感じております。このたびは貴重なご助言・ご意見を頂戴し、誠にありがとうございました。

  慶應義塾大学
  パネルデータ設計・解析センター
            山本 勲
--------------------------------------------------
posted by 中山幹夫 | 慶大放射能

2012年02月21日

慶大へのメール

2月20日、慶應大学の良識ある対応を期待して下記メールを送付した。

Subject: 『東日本大震災に関する特別調査』慶應大学に訂正を求める
To: www@info.keio.ac.jp, pd-info@adst.keio.ac.jp
Date: Mon, 20 Feb 2012 23:00:31

to:慶應義塾大学、
慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センター
from:中山幹夫

 参考URL1
 http://approaches.nakayama-lab.com/article/179737840.html
 参考URL2
 http://www.nakayama-lab.com/

参考URL1にてWEB上で公開の上で貴学に対して下記の申し立てを行ないました。その内容をメールにて送付します。しかるべき対応をお願いします。


 『東日本大震災に関する特別調査』慶應大学に訂正を求める

〜以下、メール本文に下記該当ブログの内容を全文転写して送付した〜
 http://approaches.nakayama-lab.com/article/179737840.html
posted by 中山幹夫 | 慶大放射能

2012年02月19日

慶應大学に訂正を求める『東日本大震災に関する特別調査』

 慶應大学「東日本大震災に関する特別調査」における「原発事故・放射能への不安 文系・低所得層ほど不安・恐怖が拡大」に異議がある。

 未曽有の放射能汚染の中、全国の親御さんたちは、不安だからこそ、科学が苦手な人も必死に知識をつけ、多少費用をかけても何とかして少しでも子供たちを被曝から守ろうとしているのに、今回の慶大の発表は、知識がない人たちや貧しい人たちが放射能を不安だと思っているのだ、放射能を不安がる人たちは無知だからであり貧乏だからなのだという、偏ったネガティブなメッセージを、全国の放射能を心配する人たちに対して発信した。

 下記に詳細を示すように、この調査は信憑性に疑問があり、しかもその分析も偏見と先入観で誇張され歪曲されている。調査・分析に妥当性のない貴学の発表は、原発・放射能が不安な人は知識がなく貧しいからだ、という根拠のない嘘を広げていることと同じであり、社会的責任のある大学として極めて不適切である。よって、『東日本大震災に関する特別調査』について貴学に訂正を求める。

背景
 慶應義塾大学パネルデータ設計・解析センターが調査し分析した結果をもとに、慶應大学は2月15日「東日本大震災に関する特別調査」の概要(第1回)をプレスリリースした。16日にネットセキュリティ総合研究所は同社サイトScanNetSecurityのニュースで「調査結果、原発事故や放射能への不安は文系・低所得層ほど拡大(慶應大学)」と報道した。
・ScanNetSecurity ダイジェストニュース
 http://scan.netsecurity.ne.jp/article/2012/02/16/28445.html

記事タイトルは独自ではなく資料中のタイトルを少し短くしたものだ。
・慶應大学プレスリリース
 http://www.keio.ac.jp/ja/press_release/2011/kr7a430000094z75-att/120215_1.pdf

慶應大学の資料4ページのトピック2には次のタイトルがついている。
「原発事故・放射能への不安 文系・低所得層ほど不安・恐怖が拡大」

同ページの文中でも、特徴として下記のように述べている。
「特徴1:原発事故・放射能汚染への恐怖・不安感は、文系、低所得層、非正規雇用者、無業者、未就学児がいる人、東北3県(福島・宮城・岩手県)の居住者ほど高い」

資料中のトピック2
解釈・含意

 まるで文系・低所得者は原発や放射能への知識が足りないから怖がる、もしくは放射能を怖がる人は知識不足だとさえも読める内容であり、文系・低所得者にとっては腹立たしい文である。

 そして実際にそれを裏付けるように下記に示す<解釈・含意>として「科学的知識が少ない文系」と明記されている。すなわちこの調査の分析結果の「文系ほど不安・恐怖が拡大」とは『文系ほど科学的知識が少ないから不安・恐怖が拡大』という意味を含んでいる。

<解釈・含意>
 「原発事故・放射能汚染に対する恐怖・不安は、小さい子どもへの影響を心配する親や科学的知識が少ない文系出身者でより強かったと考えられる。また、低所得層や非正規雇用者・無業者で恐怖・不安が強かったのは、事故や放射能汚染が深刻化した際に、費用面の理由で、転居などの対策が取りづらいことに起因しているとも解釈できる」

資料中の解釈・含意
解釈

調査結果の信憑性

 上記の<解釈・含意>に関して、もう一つ重要な点は「低所得層などが恐怖・不安が強かったのは、事故や放射能汚染が深刻化した際に費用面の理由で転居などの対策が取りづらいことに起因しているとも解釈できる」と述べていることだ。このことは逆に経済的な余裕のために対策を取りやすい高所得層は不安・恐怖の数値が低くなるということだ。

 対策を取りたいと考える人は、所得に関係なく『原発事故と放射能汚染の不安』が高い。でも低所得層の不安が高いのは経済的に厳しいので対策が取りづらい。逆に経済的余裕があって『原発事故と放射能汚染の不安』に対して対策を取る高所得層は『当面の不安』が減る。そのため『当面の不安』を調べているこの調査では低い数値になる。この調査では『原発事故と放射能汚染の不安』を調べていることにならない。

 単に経済的影響で高所得層の方が対策を取ることができる比率が高いだけなので、『当面の不安』を比較して高所得層の方が不安を感じる人が少ないからといって「低所得層ほど不安・恐怖が拡大」とするのは間違いである。結論として、この調査方法では高所得層の不安の数値が本来より低くなり、高所得層の『原発事故と放射能汚染への不安』はこの調査の数値よりも実際は高いと期待できる。だから調査結果の数値で高所得層と低所得層を単純に比較することは適切ではない。すなわちこの調査結果は『原発事故と放射能汚染への不安』としては信憑性がない。

調査データの分析
 下図を用いて、文系と理系、所得層別の分析の問題点を以下に示す。

資料中の図の引用
原発事故・放射能不安

<文系と理系>
 原発事故の不安は震災直後から6月への変化を見ると理系が+8、文系が+8と不安の増加は同じである。しかも直後の理系が若干小さい(−3)ことから増加率は理系の方が大きい。6月調査時点で理系74、文系77で差は3しかない。率で4%である。食料や水の不安でも地震直後から6月への変化で理系+9、文系+10でほぼ同じであり、6月調査時点で理系67、文系71で差は4しかない。率で6%である。不安は同程度であり、直後から6月での増加は同等である。しかも統計誤差も示されていないので、このわずかな差が有意なのかさえ分からない。

 文系も理系も高いのに、わずかな差をことさら大きく捉えて「文系ほど不安・恐怖が拡大」とし、理由は「科学的知識が少ない文系」だからとする。これは偏見と先入観により誇張され歪曲された分析である。「文系ほど不安・恐怖が拡大」ではなくて、『文系・理系によらずほぼ同様に不安・恐怖が拡大』ではないのか。若干、理系より文系の方が不安が高いことが有意だとしても、その要因を単に「科学的知識が少ない文系」だからと決めつけるのはあまりに熟慮が足りないと言わざるを得ない。

 理系の一人として言うと、私のように原発を信頼していた理系は多いのではないか。しかし理系と言っても分野は細分化されており、みんなが原発と放射線に詳しいわけではない。私も事故直後はまだ日本の科学技術を信じていた。こういうことも理系の不安が低い理由とは考えられないのだろうか。しかし見事に科学技術にも政治にも裏切られた。絶対安全だと言っていた原発で大事故が起きたのに原子力学者は事故の収束さえできず事故後も原発は安全だと宣伝し続ける。放射線医療学者たちは放射能汚染の拡散を防ごうともしないで放射能は安全だと宣伝し続けた。文系の人も同様に原発と放射線をさほど知らずに理系が担う原子力技術を信じていたかもしれない。しかし今は文系理系によらず多くの人たちが日本の原発と放射線の専門家はあてにならないと感じて、子供を守るために必死に学んでいる。

<高所得層と低所得層>
 同様のことは所得別でも言える。原発事故の不安は、地震直後から6月への変化では第5分位(高)+8に対して第1分位(低)+6であり逆に高所得の方が不安は増している。しかも6月調査時点で第5分位73と第1分位79の差は6しかない。率で8%である。しかも文系理系と同様、このわずかな差が有意なのさえ分からない。

 食料や水の不安は、地震直後から6月への変化で第5分位+9、第4分位+13、第3分位+10、第2分位+8、第1分位+9で不安の増加について貧富による相関はほぼない。むしろ若干、高所得の方が不安は増す傾向がある。6月時点で第5分位65、第4分位71、第3分位69、第2分位71、第1分位75であり、第1分位と第4分位の差はわずか4である。率で6%である。ただし食料や水での第5分位との差だけは10あり、率で15%である。

 全般的に見ると所得層によらず多くの人たちがほぼ同程度の不安を感じており、その差は一部を除いてわずかである。しかも震災直後と6月との比較で不安が増加したのは高所得の方が若干高い。

 一方で、各時期での比較では低所得層より高所得層の方がわずかに不安が低い数値になっている。さらに食の不安では高所得層の第5分位が特に低い数値である。もしこれらの差が統計的に有意だとしても、『調査結果の信憑性』の章で述べたように、この調査は『当面の不安』を調べているため、高所得層と低所得層の『原発事故と放射能汚染の不安』を比較することはできない。

 同じく『調査結果の信憑性』の章で述べた理由によって、高所得層の『原発事故と放射能汚染への不安』はこの調査の数値よりも実際は高いと期待できる。そのため低所得層と高所得層は同じ可能性もあるし、逆に高所得層の方が不安が大きい可能性もある。すなわち、この調査から「低所得ほど不安・恐怖が拡大」という分析はできない。しかし震災直後と6月で『所得によらずほぼ同様に不安・恐怖が拡大』したことは確かである。

おわりに
 「原発事故・放射能への不安 文系・低所得層ほど不安・恐怖が拡大」は、偏見と先入観によって誇張され歪曲されている。しかも『原発事故と放射能汚染への不安』ではなくて『当面の不安』で数値が上下するようでは所得層別の調査の意味も大きく失われている。

 今は生産者も消費者も苦しんでいる。心配して買わない消費者がまるで『風評被害』の加害者として生産者の敵のように見られたり、苦労している生産者が汚染食品を撒く加害者として消費者の敵のように見られたりさえしている。放射能をこれ以上拡散しないで、きちんと測定するばよいのに、政府の不作為により本来協力し合うべき両者が対立している。このように消費者と生産者の対立的な構図が不幸を産んでいる状況で、今回の慶應大学の誇張され歪曲された分析と解釈は、理系と文系、所得格差で新たな対立的構図さえ生みかねない。

 調査・分析に妥当性のない慶應大学の発表は、原発・放射能が不安な人は知識がなく貧しいからだ、という根拠のない嘘を広げていることと同じであり、極めて不適切である。貴学は社会的責任のある大学の責務として「原発事故・放射能への不安 文系・低所得層ほど不安・恐怖が拡大」が間違いであることを認めて訂正すべきである。よって『東日本大震災に関する特別調査』について貴学に訂正を求める。もし貴学が訂正の必要がないと考えるならば、WEB上など公開の場で堂々と反論すべきである。

(補足)トピック2の図へのコメント
(1)資料中の図は、右図は単位が(%)であるが、左図には単位が明記されていない。本文を読むと文章から単位は(点)だと分かる。グラフに単位を明記することは当然であり、まして大学が外部に出す公式資料ならなおさらである。
(2)点数の差があまりにも誇張されている。しかも原点が50なのかと思ったらそうでもない。例えば、震災直後の原発事故の不安では第1分位73と第5分位65の差は8なのにグラフでは倍以上の差がある。さらに震災直後の食料や水の不安では理系58で文系61で差はわずか3なのにグラフは倍以上も違う。どこに原点を持ってきているのかも分からない。


2月19日ブログ掲載後の経緯

2月20日、ブログにより公開の場で問題点を指摘したことをメールにて知らせて慶大に訂正を求めた。
【慶大へのメール】

2月22日、慶應大学から「指摘を重く受け止めて、トピック2に対する補足説明を同日付でHPに掲載した」と返信があった。
【慶大が一部見直し:放射能への不安は文系・低所得層ほど拡大】
posted by 中山幹夫 | 慶大放射能